ローギアしかないが排気量はある
自分のことを「ローギアしかないが排気量がある車」だと思っています。ADHDとASDの診断を受けた当事者として、これが一番しっくりくる表現です。
能力がないわけではない。ただ、細かい制御がきかない。過集中に入ると10時間飲まず食わずで作業を続けられる。かと思えば、意識がパラパラと途切れて何も手につかない日もある。このスイッチを自分で切り替えることはできません。
商社に勤めていた頃、書類のミスが蓄積して限界を迎えたのもギアの問題でした。丁寧にやるつもりなのに注意が持続しない。コミュニケーションも似たようなもので、普段は内向的なのに何かの拍子にスイッチが入って急に社交的になる。周囲からは「結局どっちなの」と言われますが、ADHDの衝動性とASDの抑制が綱引きしている結果です。根性でどうにかなる話ではありませんでした。

環境を変えたら別人のように動けた
変わったきっかけは、環境の調整でした。デュアルモニターを入れたのが大きい。ADHDはウィンドウを切り替えた瞬間にコンテキストを失います。さっき何を見ていたかが消える。画面を2枚にして情報を常に出しておくだけで、集中の途切れ方がまるで違いました。
アンチグレアフィルムを貼って画面の反射を消す。良い布団に替えて睡眠の質を上げる。ネクタイの締め付けや室温の不快を取り除く。些細に見えますが、感覚過敏のある人間にとってはこの蓄積が集中力を削っています。「我慢すべきもの」だと思い込んでいた不快を、排除していいと気づいたのは大きかった。仕事も生活も明らかに変わりました。
LACのカリキュラムが曖昧さを排除する理由
映像制作工房LACのブロンズ前半は、曖昧さを徹底的に排除した設計になっています。「この動画を見てください」「この操作をやってみてください」「できたら報告してください」。やるべきことが一つずつ、順番に示される。ADHDの当事者にとって「何をすればいいかわからない」は最大の障壁で、そこさえなくなれば動き出せることが多い。自分がそうだったから、この設計にしています。
環境さえ整えば動ける。だからまず「やれば進む」状態を作って、小さな成功体験を積んでもらう。そのうえで、ブロンズ後半、シルバー、ゴールドと段階的に指示の抽象度を上げていきます。いきなり曖昧な指示を出すのは、ローギアの車にいきなり高速道路を走らせるようなものです。まず低速で確実に動ける環境を作って、少しずつギアを上げていく。排気量はあるんだから、段階さえ踏めばちゃんと走れます。

努力不足ではなく環境の不一致
利用者さまの「集中できない」「ミスが多い」に直面したとき、「もう少し頑張ってみましょう」と声をかけたくなることがあるかもしれません。私自身、周囲からそう言われてきたし、自分でもそう思い込んでいました。
ただ、根性で解決しなかった問題が、モニターを1枚増やしただけで解決したことがあります。手順をひとつずつ明示しただけで動けるようになった利用者さまを、映像制作工房LACのなかでたくさん見てきました。
映像制作工房LACの6軸評価では、作業速度は高いが質問力が追いついていない、といった凸凹が可視化されます。すべてを一律に伸ばそうとするのではなく、どこを調整すればこの方は力を発揮できるのか。その視点を持つためにデータがあります。
在宅で学習する利用者さまの場合、対面なら「顔を見て補足する」ことができますが、テキストベースではそれができません。指示や手順の明確さが一層重要になる。サポーターがDiscordのテキストチャットで対応しているのも、テキストだからこそ力を発揮できる方がいるという実感からです。
根性論で解決しなかったことを、仕組みで解決する。当事者だからたどり着いた考え方が、映像制作工房LACのカリキュラムの土台にあります。