合同会社RP代表のミネストローネです。

前回の記事では、RPという会社が何を考えているかを書きました。今回はもう少し手前の話、私個人がどういう人間で、何を考えているかについて書きます。LACや事業の話というよりは、その根っこにある価値観の話です。

恵まれてきた方だと思っている

ADHD、ASD、うつ。診断名だけ並べるとそれなりに重たく見えるかもしれません。実際、しんどい時期はありました。ただ、同じ診断を受けた人のなかで、自分はかなり恵まれた側にいるという自覚があります。

大学を出て、商社に就職できた。結婚もした。休職はしたけれど復職もできた。いま会社を作って事業をやれている。発達障害の当事者で、ここまで来られる人ばかりではありません。学校に通えなかった人、就職で門前払いされた人、家族との関係が壊れた人。同じ「発達障害」でも、置かれている状況はまるで違います。

だから自分の経験を語るとき、「自分もつらかった」で終わらせたくないと思っています。つらかったのは本当です。でも、もっとつらい状況にいる人がいることへの想像力を失ったら、発信する意味がない。自分が恵まれていた部分を棚に上げて当事者を代表するようなことは、したくありません。


弱者であることを恥じない

精神障害者福祉手帳の3級を持っています。制度の上では「障害者」です。社会的弱者と分類される側に回った、ということでもあります。

普通の学校に行って、普通の大学を出て、普通に就職して、普通に結婚する。ずっとそこを目指して生きてきました。「普通」であることが目標だったし、それが一番安全なルートだと信じていた。結果として心を壊して、手帳を持つ側になった。

ただ、それを恥ずかしいとは思っていません。むしろ、こちら側に来たことで見えるようになったものがたくさんある。福祉の制度がどう動いているか。支援の現場で何が起きているか。事業所で学んでいる利用者さまが何を感じているか。「普通」のレールに乗っていたら、たぶん一生知らなかったことばかりです。

弱者ナメんな、というのは割と本気で思っています。こちら側にいるからこそできることがある。それをやるためにこの会社を作りました。


根性論では何も解決しなかった

商社時代、書類のミスを減らすために「もっと注意しよう」と毎日思っていました。思っていたけど減らなかった。注意力の問題ではなくADHDの特性だと知ったのは、診断を受けた後のことです。

うつで休職しているとき、「気の持ちよう」でどうにかなると思っていた時期もありました。ならなかった。身体のコンディションを整えることで回復が進んだ話は、別の記事に書きます。

この経験から、根性や精神論で問題を解決しようとすることに対して、かなり懐疑的になりました。気合いでどうにかなるなら、とっくにどうにかなっている。ならなかった以上、別のアプローチを探すしかない。環境を変える。仕組みを作る。道具を使う。そっちの方がよっぽど確実です。

LACのカリキュラムが曖昧さを排除していること、コンディションデータを取っていること、段階的に指示の抽象度を上げる設計にしていること。全部この考え方の延長にあります。「頑張れ」で人は変わらない。変わる仕組みを作る方に労力を使いたい。

診断は説明であって言い訳ではない

ADHDとASDの診断を受けたとき、最初に感じたのは解放感でした。「通りで生きづらかったはずだ」と、長年の謎が解けたような気持ちになった。自分のせいだと思っていたことに、名前がついた。それだけで相当ラクになりました。

ただ、しばらく経ってから考え直したことがあります。診断があるからといって、過去に人を傷つけたことや、約束を守れなかったことが帳消しになるわけではない。「脳の問題だから仕方ない」と言ってしまえば気はラクですが、脳は自分の一部です。自分の脳の問題は、自分の問題です。

診断は、自分の特性を理解するための説明にはなります。なぜこういう失敗が起きやすいのか、どういう場面で困りやすいのか。それを知ることで対策が立てられる。ただ、それは言い訳とは違う。「発達障害だから許してほしい」ではなく、「発達障害だから、こう対策している」でありたい。ここの一線は、自分のなかで崩したくないと思っています。

この考え方がLACに入っている

ここまで書いたことは全部、個人的な話です。ただ、この個人的な考え方が、映像制作工房LACの設計にはかなり反映されています。

利用者さまに「頑張れ」とは言わない。代わりに、頑張らなくても進める仕組みを作る。診断を言い訳にさせない。代わりに、特性を理解して対策を立てるための6軸評価やコンディションデータがある。恵まれている側の自覚を持つ。だから、もっと厳しい状況にいる利用者さまの現実を想像しながらカリキュラムを設計する。

RPの「補給基地」という理念を、もう少し個人的な言葉で言い換えるなら、「自分があの時ほしかったものを作っている」ということになります。仕組みで解決する。データで気づく。段階を踏んで前に進める。全部、自分が当事者としてほしかったものです。