「言われたことはできるのに」という壁
支援者様が利用者さまの成長を感じる場面は少なくないはずです。最初はパソコンの操作もおぼつかなかった方が、手順書を見ながら編集ソフトを使えるようになる。指示されたとおりにテロップを配置できるようになる。確実にできることが増えていく。
ところが、ある段階から壁にぶつかります。「この動画に合うテロップを考えて入れてみて」と伝えると、手が止まる。「いい感じに仕上げておいて」と言うと、何をしていいかわからないと訴えてくる。手順が決まっている作業はできるのに、少しでも自分の判断が必要になると動けなくなる。
これは利用者さまの能力の問題ではありません。「明確な指示に従う」段階と「曖昧な指示を解釈して動く」段階の間には、大きな溝があるのです。この溝を、いきなり飛び越えさせようとしても無理が生じます。
映像制作工房LACのカリキュラムは、この溝を「段階的に埋めていく」設計になっています。
映像制作工房LACとは
映像制作工房LACは、就労継続支援事業所様向けに、動画編集の学習カリキュラムを提供するサービスです。自社開発の学習管理システム上で利用者さまが動画講座の視聴や課題提出を進め、専門のサポーターがDiscordのテキストチャットで質問や相談に対応します。
ただし、目的は「動画編集ができる人」を育てることではありません。映像制作スキルの習得過程を通じて就労基礎動作を身につけ、就職につなげることが主な目的です。就職を目指さない方でも、事業所内で安定して活動できる人材になることを目指しています。
就労基礎動作とは、映像制作工房LACが定義する「働ける人」になるための5つの力です。自己管理、指示や指摘を受け取る力、報告・相談・質問する力、やり切る力、振る舞いを選択する力。これらは映像制作に限らず、どの職場でも求められる基本的な行動パターンです。
まずは「迷わず進める」環境から始める
映像制作工房LACのカリキュラムは「ブロンズ」「シルバー」「ゴールド」の3段階に分かれています。最初に取り組むブロンズ前半では、指示の抽象度を意図的に低く保っています。
動画編集ソフトPremiereの基本操作を、手順書に沿ってひとつずつ学ぶ構成です。「この素材をタイムラインに配置する」「ここにテロップを挿入する」といった、やるべきことが明確に示された課題が続きます。
支援者様の中には「もう少し考えさせたほうがいいのでは」と感じる方もいるかもしれません。しかし、曖昧な指示を受けたときに強い不安を感じる方は少なくありません。何から手をつければいいかわからず固まってしまう状態で「考える力」を鍛えようとしても、失敗体験だけが積み重なります。
この段階の目的は、映像編集の基礎技術を身につけることに加えて、「指示を正確に読み取る」「手順に沿って最後までやり切る」「完了したら報告する」という行動パターンを自然に身につけることです。利用者さま本人は技術を学んでいるつもりでも、同時に就労基礎動作の土台を作っている。ここが映像制作工房LACの設計の要です。
技術の自信がついたタイミングで、態度の話を始める
ブロンズ前半を修了すると、「ブリッジセクション」という短い節目があります。ここで利用者さまに伝えられるのは、「あなたは動画編集の基礎技術を身につけました。ここからは、技術だけでなく仕事に向き合う姿勢も問われるようになります」というメッセージです。
なぜこのタイミングなのか。技術がまだ身についていない段階で「報告の仕方を改善しましょう」「もっと丁寧に取り組みましょう」と言われても、利用者さまにとっては「技術もおぼつかないのに、それどころではない」という感覚になりがちです。「できるようになった」という実感がある状態でこそ、態度や姿勢の話が本人に響きます。
支援者様も日頃感じていることがあるのではないでしょうか。生活面の指導や声かけは、利用者さまが何かしらの手応えを感じているときのほうが受け入れられやすい。映像制作工房LACはこの順番を、カリキュラムの構造として設計に組み込んでいます。
「自分で調べてから聞く」が求められる段階へ
ブリッジを経たブロンズ後半では、指示の抽象度が一段階上がります。たとえば「この動画にテロップを入れてください。位置やデザインはサンプル動画を参考にして判断してください」という形です。やるべきことの大枠は示されていますが、どのようにやるかは自分で考える必要が出てきます。
この段階では「わからないことがあったら、まず自分で調べてから質問する」ことが期待されます。映像制作工房LACにはよくある疑問を自分で検索できるWikiと、サポーターにリアルタイムで聞けるDiscordの両方があります。ブロンズ前半では「すぐ聞いてOK」でしたが、後半では「まずWikiで調べて、それでもわからなければ質問する」という手順です。
質問の仕方にも変化が求められます。「わかりません」の一言ではなく、「このセクションでこの操作をしているが、サンプルと違う結果になる。自分ではこう対処してみたが解決しなかった」というように、状況を整理して伝えることが必要になります。
これは就労基礎動作の「報告・相談・質問する力」そのものです。職場で上司に相談するとき、「困っています」だけでは相手も助けようがありません。何をしていて、何が問題で、自分なりに何を試したか。この伝え方を、映像制作の課題を通じて練習しているわけです。
実案件で「読み取る力」が試される
ブロンズ後半を完了するとシルバーに昇格し、実際の動画編集案件に取り組む段階に入ります。ここでは指示の抽象度がさらに上がります。
実案件では、依頼主ごとに要件が異なります。フォントや雰囲気、尺の指定がある場合もあれば、「いい感じに仕上げてください」としか言われない場合もある。指示として明文化されていない部分を、過去の案件や依頼主の傾向から読み取る力が必要になります。
また、「提出する前に自分で品質を確認する」ことも期待されます。音量のばらつき、テロップの誤字、カットのつなぎ目。こうした確認を自分の判断で行うことは、就労基礎動作の「自己管理」に直結しています。
最上位のゴールドでは、案件全体を自分で把握し、工程を洗い出し、スケジュールを組み、納品まで自走します。ただし、すべての利用者さまがゴールドを目指す必要はありません。シルバーで実案件をこなし、事業所内の中核人材として活躍することも十分に価値のある到達点です。
なぜ段階的でなければならないのか
いきなり曖昧な指示を渡しても、対処できる人は限られます。それは「泳げない人をいきなりプールに放り込む」ことに近く、成功体験よりも失敗体験を積み重ねてしまうリスクがあります。
各段階で身につけるべきことが異なるという点も重要です。基礎を固める時期に応用を求めても、どちらも中途半端になります。一度に一つの段階に集中するからこそ、確実に力が積み上がっていきます。
そして何より、利用者さま自身が「自分の成長」を実感できます。「前はすぐ聞いていたけど、今は自分で調べてから聞けるようになった」。この自覚が、学習を続ける力になり、「自分にもできるかもしれない」という気持ちにつながっていきます。
支援者様にとっての意味
この段階設計は、支援者様にとっても大きな意味があります。「この利用者さまは今ブロンズ後半で、自分で調べてから質問する段階に入っている」「この方はシルバーに昇格して、実案件に対応している」と、成長の段階を具体的な言葉で把握できます。
これは個別支援計画の策定や面談での声かけ、保護者への報告に直接活かせる情報です。「なんとなく成長している気がする」という感覚的な評価ではなく、カリキュラム上の到達段階という客観的な根拠がある。
令和7年11月に厚生労働省が発出したガイドラインでは、「利用者の就労の知識及び能力を向上させる支援内容となっているか」が新規指定の審査項目に加えられました。自治体への説明の場面でも、映像制作工房LACの段階設計は「具体的な支援プログラム」として示せる材料になります。
「働ける人」は一日にしてならない
最初から「自分で考えてやって」と投げてもうまくいかない。かといって、いつまでも手取り足取り教え続けていては、自立は遠のく。映像制作工房LACは、「今のこの人にはどの程度の抽象度の指示が適切か」をカリキュラムの構造として設計し、段階ごとに適切な負荷をかけていきます。
この設計があるからこそ、映像制作工房LACは「技術を教えて終わり」ではなく、「映像制作を通じて就労基礎動作を育てるプログラム」として機能しています。冒頭の「自分で考えて」が通じない利用者さまも、段階を踏めば、いつか「自分で考えて動ける人」になれる。その道筋を、仕組みとして用意しているのが映像制作工房LACです。