「今こそ動画だ」横割り編の第3回です。前回までに、受容にも得意で生きることにも他者の存在が不可欠だという話を書きました。ならば、その「他者に頼る」こと自体はどうなのか。12人のうち、人に頼ることが最初から得意だったと言う人は一人もいませんでした。全員が壁にぶつかっている。ただし、壁の種類が違います。

自分なんかが頼っていいのか

最も多かったのが、頼る資格がないという感覚です。

岡田さんがその典型でした。支援機関の存在は前から知っていた。でも行けなかった。引きこもりの明確なきっかけがない——いじめでもブラック企業でもない——のに引きこもっている自分が、「もっと辛い人がいる場所」に行っていいのか。この負い目がハードルになっていた。タカハシさんも似た構造を語っています。健常者のコミュニティにも障害者のコミュニティにも属せない「狭間の障害者」として、福祉で自分に人的リソースが割かれることへの葛藤がある。「他の人に助けてもらってまで生きるべき輝かしい人生なのか」という自問は、岡田さんの「こんな自分が相談に行っていいのか」と根が同じです。

この壁を越えたきっかけも共通しています。岡田さんは37歳で親に打ち明けた。タカハシさんは就活の怒りをバネに動き出した。どちらも、限界に達して初めて動けている。逆に言えば、限界に達する前に頼れる仕組みがあれば、もっと早く動けたかもしれない。田村代表がチラシを6枚持って来た利用者の話をしながら「待ってるよと言い続ける重要性」を語っていたのは、この壁の厚さを知っているからです。

頼り方がわからない

頼りたい気持ちはあるが、方法がわからないという壁です。

はせやんさんは「もともと素直になれず、人に頼らないようにしていた」と言います。自転車のパンクも事前に直し方を調べて自分で対応した。ところが旅の中で当事者に出会ううちに、会いたいという気持ちが先に立つようになった。頼ろうと決めて頼ったのではなく、会いたいと思って動いた結果として、頼り頼られる関係が生まれた。自助会を作ったのもその延長です。頼り方を学んだのではなく、場を作ることで頼り方が自然にできあがった。

岡崎さんは「頼り方」そのものについて明確な考えを持っています。「我が我がしない」「自分自分しない」。お願いする立場なら下手に出る。「障害者なんやからやれや」というスタンスでは誰もついてこない。常に相手のことを考えた上でお付き合いをする。感謝を伝える時は目を見て言葉にする。はせやんさんが「場を作ることで頼り方が自然にできた」のに対し、岡崎さんは頼り方の作法を意識的に言語化して実践している。友達が1人もいなかった自分が、今はたくさんの仲間に囲まれている。その変化を「一生懸命生きている証」と呼ぶ岡崎さんの言葉には、意識して頼り方を変えた結果が表れています。

レン障さんのアプローチはもっと即物的です。「小さな依存先をたくさん持つ」。道に迷ったらそのへんの人に聞く。調べればわかることを人に聞けるという自認を持つ。親一人に依存するのではなく、切れてもいい関係をたくさん持った方が楽で健全だと。はせやんさんが「場を作る」ことで解決したのに対し、レン障さんは「数を増やす」ことで解決している。方法は違いますが、一人に集中しないという結論は同じです。

頼った先で何が起きるかわからない

頼ること自体への恐怖ではなく、その先のコミュニケーションが不安だという壁です。

ここに対する答えが、受ける側と渡す側で綺麗に対応しています。味岡さんは支援員として「まず話だけでもしに来てみてください」と言っている。解決するとは約束できないが、話は聞く。小池さんは傾聴を学ぶ中で「アドバイスするのではなく聞くことが一番効果的」だと知って驚いた。つまり、頼った先で求められているのは完璧な説明ではなく、ただ来ることなのだと。岡田さんが今、相談を受ける側として言っている「全然まとまってなくていい、来てくれたことが嬉しい」は、この構造を当事者側から裏書きしています。

つかささんの自助会「せんぼくムーン」は、この壁を低くする仕組みそのものです。家庭や外では健常者が多くて思い込みが強くなる。当事者同士の場に来ることで思い込みが軽くなる。参加者にとっては吐き出す場であり、主催者にとっては「楽しかった」の声がエネルギーになる。頼る側と頼られる側が固定されていない。その循環が、頼ることのハードルを下げています。

頼るつもりはなかった人たち

無職さんは上の3つの壁とは少し違う場所にいます。銀行を辞めて田舎で一人暮らしを始めた当初、1日4本映画を見る生活をしていた。飽きた。一人での楽しみ方に限界がある。Twitterのスペースで人と喋ることが生活の一部になり、SNSを通じてフォロワーが遊びに来てくれるようになった。頼ろうとして頼ったのではなく、一人でいることの限界にぶつかって自然と人とのつながりが生まれた。意図せず頼っていたケースです。

田村代表もまた、意図せず頼ることで道が開けた人です。福祉の経験がなく、リタリコの前身に履歴書を出しても面接に呼ばれなかった。タイ焼き屋をやりながら人に相談したら就労移行支援の仕組みを教えてもらった。自分が本当にやりたかったのはタイ焼き屋じゃなくてこれだったのだと。「人に聞いたから今がある」という田村代表の体験は、頼ることが偶発的な出会いを呼び込むという実例です。

編集後記

壁の種類を分けてみると、「資格の壁」「方法の壁」「不安の壁」の3つがありました。そして壁を越えた人の共通点は、完璧に準備してから頼ったのではなく、限界や偶然をきっかけに動いたということです。岡田さんの「認めたら楽になった」、はせやんさんの「会いたくて動いたら頼れていた」、田村代表の「相談したら答えが見つかった」。全員、壁を壊したのではなく、別の動機で動いた結果として壁の向こう側に出ていた。頼ることは意志の問題ではなく、動き出すきっかけの問題なのかもしれません。次回の横割り編は「支援とは何か」について、当事者と支援者の両方の目線から書きます。