「今こそ動画だ」横割り編の第2回です。前回は「受け入れる」ということについて、受容のパターンを3つに分けて書きました。今回のテーマは働き方です。12人に仕事の話を聞くと、全員が「苦手を克服するよりも得意を軸にした方がいい」と言います。ここまでは一致している。問題はその先で、得意で生きるためには何が必要かという部分で、答えが3層に分かれます。

得意を見つける

まず得意なことが何なのかを知る必要がある。当たり前に聞こえますが、12人の話を聞くと、これが意外と難しい。

岡田さんはプログラミングとの出会いを「単純に面白いと思った」と振り返っています。エラーを解決した時に理屈がわかる瞬間が楽しい。ただし岡田さんの発見はそこで止まらなかった。支援機関でのチーム制作を通じて「一人より人と関わる方が好き」だと気づき、エンジニアではなく講師を選んだ。得意なスキルと、そのスキルをどう使いたいかは別の問いです。岡田さんは両方に答えを出した。

つかささんは逆に「自分では当たり前だと思っていることが強みだった」と語っています。ルーティンワークと継続力。ADHDが苦手とされる領域ですが、つかささんにとっては自然にできることだった。他者に言われて初めて気づく強みがある。これは自助会や対人関係の中で発見される類のもので、一人で見つけるのは難しい。

岡崎さんの発見はもっと逆説的です。高次脳機能障害の特性である「固執・こだわり」を、自分の才能だと言い切っている。やると決めたら考えない、考える前に行動する、納得いくまでやる。この特性が毎日1本のYouTube投稿を支えている。さらに、動画編集そのものが記憶障害の補完になっているという発見がありました。対談中の会話が頭に入っていないから、テロップをつける過程で初めて内容を理解する。時間はかかるが、体に叩き込む作業になっている。苦手の裏側に得意があるのではなく、苦手を補う行為自体が得意の発揮になっている。他の誰とも違う構造です。

高木さんの場合は、得意を見つけたのではなく試した。ドッグランで撮った写真をオーナーに見せて「売れるよ」と言われたのが始まりです。20代の時は写真がお金になるとは思っていなかった。自分の得意を知らなくても、試してみて、誰かに評価されることで道が開ける。高木さんはこれを「自分が得意だと認識していないことでもマネタイズできることがある」と表現しています。

得意をお金にする

得意を見つけた後、それで食べていけるかは別の話です。ここで12人の間に明確な分岐が生まれます。

yu-kaさんは最初、応援ソングをボランティアで作っていました。曲にどれくらいの価値があるかアンケートを取り、理由も聞いた上で徐々に値段をつけていった。ADHDの拡散思考が作詞に活きているという自覚はあったが、それをお金にするまでに1〜2年かかり、その間はアルバイトを掛け持ちしていた。対談の中で出た「発達障害はクリエイターに向いている」という言葉への反論がここに集約されています。向いているかもしれないが、向いているだけでは食べていけない。

タカハシさんはチック症という自分の障害をYouTubeのコンテンツにした。得意な映像制作と、自分にしかないネタの組み合わせです。9万人の登録者を集めたことが評価されて、広報として就職もできた。ただしタカハシさんが強調していたのは「YouTubeでは編集はあまり意味がなくて、誰がやるかが大きい」ということ。スキルだけではなく、そのスキルを載せる「器」を見つける必要がある。

無職さんは「あえて働かない」という極端な選択を取っています。銀行の事務は1週間で合わないと気づき、営業に出たらいけたが、5年9ヶ月で退職。田舎で家賃0円の生活をしながら、過集中を活かして動画編集に没頭している。ただし無職さんは安易にこの道を勧めません。教員免許と宅建というカードがあるから自由にできる。戻れる保険がなければ成り立たないと冷静に語っていて、得意で生きることの前提条件を明示している点で、他の全員への補足になっています。

苦手を誰かに渡す

12人の話で最も重要な共通点がここにあります。得意で生きている人は、全員、苦手な部分を誰かに渡しています。

yu-kaさんの言葉がこれを端的にまとめています。「特性を見つけて、スキルにして、お金にして、苦手を補う人を見つけて、ようやくクリエイターになれる」。yu-kaさん自身、スケジュール管理を補佐してくれる人がいなければ活動は続かなかったと言っています。つかささんとの関係はその実例で、つかささんの継続力がyu-kaさんのマルチタスクの苦手を、yu-kaさんの人脈力がつかささんの距離感の苦手を補い合っている。

高木さんは文字の読み書きが苦手になった後、店長と妻にその部分を任せる仕組みを作った。お客様に写真のファイル番号をメモしてもらい、そのメモを店長に渡してプリントする。もともと字を書かなくても済むサービス設計をしていたことが、障害後にそのまま活きた。苦手を渡す相手と仕組みがあったから、カメラマンとして残れた。

タカハシさんは対談の中で、発達障害の方が喋りたいことを喋っていても、編集でそこに合う質問をテロップで付ければ正しい答えに見える、と語っていました。これは映像制作のスキルが、他者の苦手を補うツールにもなるという話です。得意を使って自分の苦手を補うだけでなく、得意を使って他者の苦手を補う。その相互性が、得意で生きる構造の本質だと感じます。

編集後記

「得意で生きる」と一口に言っても、見つける・お金にする・苦手を渡す、という3つのステップがある。そしてどのステップにも他者が関わっている。つかささんの強みは他者に言われて気づいたものだし、高木さんの写真は他者に「売れるよ」と言われて始まった。yu-kaさんの曲は他者のアンケートで値段がついた。得意で生きるとは、結局のところ一人では完結しない。これは前回の「受容には他者が必要」という結論と、同じ地点に着地しています。次回は「人に頼る」ことの難しさと価値について書きます。