「心まで障害者になるな」風神雷神チャンネル・岡崎さん

高次脳機能障害の当事者として、YouTube「風神雷神チャンネル」で精力的に発信を続ける岡崎さん。17歳でのバイク事故から16年間、自分が障害者だと知らずに生きた日々。33歳で診断を受け、そこから見えてきた景色と使命について、インタビューと対談でお届けします。

インタビュー

大阪府枚方市在住の岡崎憲司、43歳です。子どもが5人います。NPO法人エスペランサの代表・理事長をしながら、YouTube「風神雷神チャンネル」を主宰しています。障害を抱えながらも障害を言い訳にせず、自分自身に負けないことを意識して、常に「心まで障害者になるな」と自分に言い聞かせて生きています。

17歳の時にバイク事故で脳挫傷になりました。半年間意識がなかった。その後遺症で、事故から16年後の33歳の時に高次脳機能障害と診断されました。それまでの16年間は、健常者だと思って生きていた障害者時代です。今考えると生きにくかっただろうなと思います。世界一不幸な人間だと思っていたし、僕以外の周りの人間全員がおかしい・悪いという感じで生きていました。

33歳の時、記憶がほんとにやばいと思って、若年性の認知症だろうと病院に駆け込みました。事故の話をしたら別の病院を紹介されて、そこで「君は高次脳機能障害だ」と言われたんです。その日に専属のケースワーカーがつきました。でも僕は障害者手帳も年金もいらない、ずっと普通やと言い続けた2~3年がありました。精神保健福祉手帳2級が届いた時は号泣しました。五体満足で産んでくれた母親に対して、事故で障害者になっちゃってたんだ、ごめんなさいしかなかった。ただ、企業勤めが軽く100社を超えていたので、普通じゃないなというのはどこかでわかっていた。障害のせいにできるとわかった時、肩の荷が下りる思いもありました。

一番の困りごとは人間関係です。グレーを許せない特性があって、「正義のヒーローだな」と皮肉を言われることもありました。記憶障害も深刻で、時計をパッと見て余裕があると思っていたら、次に見たときにはもう2時間経っている。遅刻している認識がないまま出勤して「何時間遅れてくんねや」と言われる。見た目は100人が100人、普通だと言われます。だから理解されにくい。高次脳機能障害の人に「怒るな・忘れるな」と言うのは、手のない人に「持て」、脚のない人に「走れ」と言っているのと同じなんです。そこを知っていただくだけで、生きやすくなる部分は大きいと思っています。

35歳の時に通信制高校を卒業しました。学歴なんかいらんわと思っていたけど、3人兄弟で誰一人高校を出ていなかった。母親がずっとそのことを気にしていたので、恩返しのつもりで資格を取って、卒業式に母親とケースワーカーと母の姉を呼びました。

NPO法人エスペランサは、児童養護施設で生活する子どもたちに笑顔を届ける目的で集まった団体です。140名を超えるスタッフが集まってくれましたが、コロナで機能停止のような状態になりました。講演活動も止まってしまった。何か発信できる方法はないかと思った時にYouTubeを思いついて、風神雷神チャンネルを始めました。全国の当事者代表くらいの気持ちで、高次脳機能障害を世に羽ばたかせているつもりでやっています。

ボランティアは自己肯定感の回復に大きな力がありました。自分は何をやっても駄目だと思っていたのが、人の役に立つ行為をすることで「生きてていいんだ」と思えるようになった。主治医もケースワーカーも、敬語一つ使えなかった僕がNPOの活動を通じて社会性を身につけたと言います。だから僕はボランティアという言葉が好きじゃなくて、自愛活動と呼んでいます。

人生のターニングポイントは、木下さんという方との出会いです。孫正義さんの後継者と言われている人で、前の家族と別れて鬱に入っていた頃に会わせていただいた。「僕も木下さんみたいになりたい、どうやったらなれますか」と聞いたら、「人の役に立つことをしなさい」と言われた。それで子どもが好きだから施設を回ろうと思った。あの日が僕の人生を大きく変えてくれました。

障害が活きていると思うこともあります。先を見通す力がないからこそ、チャレンジできる。周りが「やめとけ」と言っても止まらない。結果は大事だけど、それ以前にやるかやらんかが大事です。口だけでは誰でも良いことを言える。でも実際にやる人は少ない。そこに障害の部分が大きく作用していると思っています。

心が折れてしまった人に言いたいのは、「もう無理しなくていいよ」ということです。一生懸命頑張ってきたやん、ぼちぼち行こう。そして、やると決めたなら恐れるな。自分の人生という映画を作った時に、他人が主役やったら怖いでしょう。あなたの人生なんだから、あなたが主役になってください。生きれる人生ではなく、生きたい人生を歩んでほしいと思います。

対談 見えない障害を世に届ける

ーーー風神雷神チャンネルを拝見していると、中身の詰まった動画をすごい高頻度で投稿されていますよね。1日2回ぐらい出ている時もある。それだけの動画をそれだけの頻度で出すのがどれだけ大変か、動画編集者の端くれとしてわかっているつもりなので、その辺りをお伺いしたいと思います。

基本1日1本、多い時で3本です。視聴者さんから「追いつけないよ」と言われまして、1日1本は投稿したいなと。チャンネルを始める1年前から悩んでいましたが、これは発信しないといけないと使命感に変わりました。健常者だと思って生きた16年間、障害者を差別していた自分がいた。まさか自分が障害者だったなんて。その経験があるからこそ、啓発の数が足りていないと感じたんです。それならもう僕は神になろうと。障害者でもその分野で神だという意味で、パッと浮かんだのが風神雷神でした。

ーーー運営で気をつけていることはありますか。

炎上系は大嫌いなので、事実と真実だけを述べて配信しています。過激なことを言えばバズるかもしれないけど、そこをやっちゃうとね。僕が喋ればそれは作品になると思っているんです。高次脳機能障害とレッテルが貼られた以上、どんな内容であっても。同じ当事者同士で会話するチャンネルは僕の知る中でなかった。見えない障害だけを抱えていて、脳だけが壊れている人間が発信するということに意味があると思っています。

ーーー動画の制作はご自身でやられているんですか。

やります。動画を制作する意味は、僕はこうやって話をしていても内容が全く頭に入ってないんです。動画編集する時にテロップをつけますよね。その時に「こういう話をしていたんだ」と頭に入れながらテロップをつけるんです。ものすごい時間がかかります。でも自分のために話を理解するという意味で、こだわりを強く持っている。頭で覚えられないから、体に叩き込むという感じですね。

ーーーそれはめちゃくちゃわかります。僕も帰ってきて素材を見ると「俺こんなこと話してたんだ」とか、全然話聞いてないじゃんというのがある。動画を編集すること自体が、自分の記憶を補完するツールになっている。

そうなんです。障害の「固執・こだわり」という特性をよく言わせていただくと、やると決めたら考えない。考える前に行動して、自分の納得いくまでやる。だからこそ障害は才能だと僕は考えています。

ーーー僕らはマイノリティですよね。「障害を知ってほしい」と声高に言ったところで、健常者の方にとっては「知らねぇよ」って話だと思うんです。発達障害50万人、高次脳機能障害も50~80万人。日本に50万人くらいいるマイノリティって誰がいるんだろうと調べたら、日本在住のベトナム人の方や聴覚障害者の方がそのくらいの規模でした。でも僕はベトナム人の方がどんな生きづらさを抱えているか、考えたことが1回もない。マイノリティという世界に明るい僕らですら、他のマイノリティのことを考えたことがないのに、健常者に「知ってくれ」と言うのは結構大変なことですよね。

酷な話だなと感じますね。困りごとが想像できるかどうかが大きいんです。下半身不随だと想像できるから手を差し出してくれる。ベトナムの方なら、自分がベトナムに1人で行ったら生きにくいだろうと想像できる。でも「脳が壊れた」というだけだと、想像ができない。自分で伝えたら胡散臭いと言われることも多い。第三者を入れてと言っても、1人で動いていれば時間も暇もない。事実を述べて事実が通らない世の中、社会自体が障害だと思っています。ここを変えたい。

ーーー僕は発達障害の50万人の中で完結するチャンネルでいいやと思っていて、当事者が見つけてくれさえすればいいと思っている。港の中でうろちょろしているようなもの。でも風神雷神さんは外洋に出て、荒波の中でやっている感じがします。

一生懸命生きているからこそ幸せだという自分がいる。だからこの障害を広めていきたいという思いで、当事者代表として、この発信を命ある限り続けていきたいと思っています。

ーーー合理的配慮を求めるっていうのは、やっぱりすごく難しいなと感じます。「障害なんだからしょうがないだろ」と言って健常者を黙らせてしまう行為と、「こういう障害があるのでこういう配慮をください」とお願いすることは、すごく紙一重ですよね。

できないことは本当にできないんです。一気にいくつものことを言われるとパニックになるしかない。だから「一気に話さないでください」「小学校低学年に話すような感じで噛み砕いて説明してください」と、ヘルプマークとヘルプカードに書き込んで、理解できない時はカードを渡すようにしています。ただ、健常者を黙らせるのは簡単なんです。「障害者なんだからしゃあないやん」で終わる。でもそれをやると終わるので、いかに障害があっても頑張って生きていることを伝える、生き様を見ていただく。それが大事だと思います。

ーーー障害だからしょうがないと言えば結構なことが通っちゃう時代でもあると思っていて、それは本来の「頑張っていこう」という姿勢から遠ざかってしまいますよね。

楽ですよ、障害者は。障害を盾にすれば楽ができる。でもそれは絶対良くない。寂しくなるし、孤独になる。僕も障害を受け入れられずにひねくれて自暴自棄になった時期がありましたけど、そこを乗り越えて発信するようになったら、友達が1人もいなかった僕に今はものすごく友達が多い。一生懸命生きてる証だなと思っています。

ーーー僕たちの障害って、頼りたいと思っていても見かけ上それを拒絶してしまうところがありますよね。岡崎さんは今も仲間や友人に支えられて幸せに生きているとのことですが、どういう思いが大事だと感じますか。

常に意識しているのは、迷惑をかけないようにすることです。できないことは助けてほしいと伝える場合もあるし、向こうから差し出してくれる場合もある。大事なのは「我が我がしない」「自分自分しない」ということ。お願いする立場なら下手に出ないといけない。「障害者なんやからやれや」みたいなスタンスだったら嫌でしょう。そこは思いやりですよね。障害も健常も関係なく、思いやりを持って過ごしていくことが一番だと思います。

ーーー僕らの障害は、表面上は思いやりが見えにくい。だからこそ意識して表現することが大事ですよね。「ありがとう」を伝える時は目を見て言葉にするとか、そういう具体的なやり方さえわかればできることだと思う。

自分のことばかり言っていたら生きれないですよ。生きにくくしているのは自分なんです。みんなで折り合いをつけて過ごせる世の中を作っていきたいと考えています。

編集後記

岡崎さんの話で忘れられないのは、動画編集が記憶障害の補完になっているという話でした。話した内容が頭に入っていないから、テロップをつける過程で初めて理解する。ものすごく時間がかかると言いながら、毎日1本ペースで投稿している。こだわりの特性がそこに噛み合っている。障害は才能だという言葉が、彼の場合は具体的な仕組みとして回っていました。

16年間、健常者として生きた障害者時代。企業勤め100社超え。若年性認知症だと思って病院に行ったら高次脳機能障害だった。そこから手帳を受け入れるまでにさらに2~3年。振り返ればすべてが「知らなかった」ことに起因している。だからこそ岡崎さんは「知っていただく」ことにこだわる。理解は無理でも、知ってもらうだけで世界が変わると繰り返していました。

対談で出た「港と外洋」の話も印象に残りました。当事者コミュニティの中で完結するのが港なら、風神雷神チャンネルは外洋に出ている。健常者にとっては「知らねぇよ」という障害のことを、それでも発信し続ける。事実を述べても通らない、胡散臭いと言われる。それでも「神になろう」と決めた人の姿が、この対談には映っていたと思います。