自転車で日本縦断をしながら、各地で発達障害当事者向けの自助会を開催しているはせやんさん。24歳でASD(アスペルガー症候群)の診断を受け、「いつ死んでもいい」と思っていた日々から、旅を通して「このままじゃ死ねない」と思えるようになるまでの変化を、インタビューと対談でお届けします。

インタビュー

はせやんと申します。今年で32歳になります。1991年生まれで、大阪府の松原市出身、今は大阪市内に住んでいます。4年制の大学で教育学部に所属していました。趣味はサイクリングと献血、あとご飯を食べることが好きなので、日本全国の大盛りグルメを調べて平らげた写真をSNSにアップしたりしています。

障害名は広汎性の発達障害で、ASD、アスペルガー症候群と診断を受けました。精神障害者保健福祉手帳の3級です。8年前、24歳の頃に診断を受けました。学校で働いていたんですけど、なかなか仕事が思うようにいかず、周りの先生方に迷惑をかけてしまっているような気がして。優先順位やマルチタスクがうまくこなせない。その不安な気持ちから初めて発達障害に向き合うようになりました。

診断された時は正直ほっとしました。同期と仕事の差が出ていて、何か理由があるだろうなと思っていたので、診断を受けて理由がわかったことで気持ちが楽になりました。それまでずっと自分勝手だ、独りよがりだと言われてきたんですけど、診断後は相手の立場になって考えられるようになって、1日1日考え方が変わっていったのかなと思います。

子供の頃は精神的に病んでいて、日本一自分が病んでいるんだというくらいどん底で、まともに人と関われる状況じゃなかったです。テニス部に所属していたんですけど、ダブルスで相方の気持ちが読み取れなくて連携が取れない。両親が離婚して父子家庭で、面識のない女性が家に上がり込んでくるような環境で、メンタルがやられた状態で学校に通い続けていました。ただ、学校の先生になりたいという憧れがあったんです。父親が典型的なワルで、父親みたいになりたくないという反骨精神から、真逆の職業として学校の先生を目指していました。指定校推薦で大学に入るために、皆勤賞をもらえるくらい毎日学校には行っていました。

大学時代もインターンやボランティアで周りが集団行動をしている中、自分だけ一人で別のところに行ってしまう。会話にも入っていけない。うすうす何か違うなとは感じていましたけど、発達障害という言葉は知っていても、自分は違うだろうと思っていました。今思えば二次障害がひどかったのかなと。もともと軽度な方だと思うんですけど、周りと感覚が合わない、家庭環境も重なって、自分のことを見られていなかったんです。

ターニングポイントは2018年の秋頃です。学校の先生として2年働いてから転職して、作業員として3年近く働いていたんですけど、大阪で暴風があって仕事を辞めることになった。奨学金500万円を返し終えて、貯金が100万円くらい貯まったところで、小学3年生の頃からの夢だった自転車での日本一周を思い出したんです。やっぱり好きなことができなかった人生で、一回好きなことをやってみたらどうなるかと。そこから自転車を漕ぎ始めて、各地で発達障害当事者の方とお会いする旅になりました。自然体の自分を受け入れてくれる人が増えたことで、ずっといつ死んでもいいくらいの感じで過ごしてきたのが、このままじゃ死ねないなと感じた。そこがターニングポイントだと思います。

今はフードデリバリーの配達員をやっています。大阪の知り合いの方が紹介してくれた旅館の皿洗いやお部屋の片付けもしていて、自分のペースでやれて仕事として成り立つもので生活しています。フードデリバリーだと、案件が来てお店に行って商品をもらって、お客さんのところに届けてまた次の案件。その繰り返しで、一つのことに集中できる。皿洗いもひたすらお皿を洗う。1点に集中できるところが特性として活かされていますね。

発達障害当事者向けの「日頃のモヤモヤを発散する会」を主催しています。大阪で3年、地元の松原でも2年やっていて、トータル5年になります。4時間やっていまして、うちの会が一番長いんじゃないかと思っているんですけど、10名くらいのキャパで1時間に10分から15分の休憩を取りながら話す。お互いを知っていく中で、しんどい時はこうやって乗り越えてきましたとか、こういうやり方ありますよとか。吐き出して、頭の中をリセットしたところにヒントを取り入れて、気持ちがちょっとでも楽になってほしい。自助会自体は他にもたくさんあるけど、たどり着くまでに時間がかかる方が大半で、自分もそうだった。話を聞いてもらえなかったり流されたりした経験から、こういう会があればいいなと思って立ち上げました。

5年以内の目標は、自転車で日本全国47都道府県を自助会で制覇すること。今まだ数か所ですけど、たくさんの人と関わって覚えてもらいたい。話を聞いてくれる人がいるんだという認識を持ってもらえたらなと思っています。自分と同じような人を増やしたくない。しんどいまま年を重ねてほしくはない。発達障害にはいいところも必ずあると思っているので、そこに目を向ければ世界観は変わります。

対談 自転車と自助会と人と関わること

ーーー自転車で日本一周を始めたのはいつ頃からですか。

2018年の11月ですね。当時27歳です。小学3年生くらいからの夢で、仕事を辞めた時に子供の頃に興味のあったものがふっと浮かんできて、やってみようかと。今回で実質3回目になります。東日本と西日本に分けて旅しています。

ーーー旅ではどんな喜びや達成感がありますか。

私の旅は、当事者の方とお会いするというのがコンセプトとしてあって、実際にお話しできた喜びと、自分が行きたいと思っていたところまで足を踏み出せた達成感があります。一人旅ですから自分のペースでやれる反面、助けてくれる人が常にいるわけではないので不安はありました。ほとんど野宿で、公園や道の駅でテントを張って寝る。寝ている途中に襲われたりしないかなとか、そういう不安は正直ありましたね。

ーーー旅費はどのくらいかかりますか。

1年かけて47都道府県を回って、トータルで96万円くらいでした。大阪で一人暮らしなので、いない間も家賃は出ていく。旅は旅、家は家という感じで、多めに働いて旅費を貯めます。去年は100連勤以上、朝から晩まで働いていたこともあります。月10万円を基準にそれなりの資金を貯めてから出発しますね。

ーーー自転車じゃなくてもいいんじゃないかと思ってしまうんですが、自転車の魅力って何ですか。

何で旅しようが日本一周しましたというのは残るので、自己満足みたいなところもあります。ただ、自転車に看板をつけて旅していると、地元の方から声をかけてもらえるんです。そこで情報のやり取りができる。地元の人が教えてくれるお店に行くと、もてなしがプロというか、知る人ぞ知るスポットで、ネットに出してない店っていうのは出さなくてもやっていける店だったりする。紹介で通してもらえたこともありました。帰ってきてからどこが良かったかと聞かれた時に、他の人が経験していないような店の話を細かくすると、ちゃんと回ってきた本物の旅人だなと思ってもらえる。それが自転車ならではの魅力ですね。

ーーー自助会のコンセプトについて教えてください。

息抜きの場として、普段の生活で発達障害を通じてしんどい思いをされているエピソードを吐き出せる場所、聞いてもらえる場所というコンセプトです。もともと喋ること自体は好きだったんですけど、一方的に喋ってきたので聞く側は不快だったと思います。どうやったら聞いてくれるかな、どういう人が自分には合っているかなと考えるようになって、人としゃべりたいという気持ちまで取り戻したから、じゃあ規模は小さくてもいいから自分でやってみようかと。

ーーーコミュニケーションが得意ではない人が10人集まると、喋りすぎる人と喋れない人がいると思うんですけど、そういう場合はどうしていますか。

最初はそこがすごく大変でした。喋りだしたら止まらない人って、もともと喋るのが好きか、悩みが溜まりすぎているかのどちらか。一方で内気な人に喋ることを強制するつもりは一切ないです。聞くだけで勉強になりましたという方もいるし、喋りたい時に喋ってくださいねという形で。4時間やっていると足りないという人が多くて、21時半に終わってからハンバーガー屋で2次会やりましょうとなったりもします。大阪府のホームページにも掲載していただいて、やりたいようにやれているのが一番大きいですね。

ーーーコミュニケーションの障害を持っていながら、積極的に人と関わりたいと思った理由って何ですか。

大阪で生まれ育って、お笑いを見て育ったので、人を楽しませたいという気持ちは子供の頃からありました。学校の先生を経験したのもそうですし。一度仕事を辞めてフラットになった時に、人と関わること自体が好きだったと思い出した。同じような悩みを持っている人となら、批判に流れずに共通した話題で話し合える。ありのままの自分を出していこうかなという気持ちになれました。

ーーー人に頼ることについて、自分なりに気をつけていることはありますか。

もともと素直になれなくて、人に頼らないようにしようと思っていました。パンクとか自転車のパーツが壊れた時のことは、出発前から直し方を調べて自分で対応している。でも旅をしていく中で、気持ちのコントロールが大事だとわかってきました。会いたいという気持ちと頼ろうという気持ちを自分でコントロールする。周りに合わせて自分の好きなことができないまま要求を飲んでしまうと、何がしたかったんだろうと迷ってしまう。軸としては、あくまで自分自身が何をしたいか。夢中になって取り組んでいる姿に、声をかけてくれる人はいると思うので、焦りを持つ必要はないのかなと思いました。

ーーー努力しないと優しくしてもらえないということの裏返しで、発達障害の方の中には、努力していても平均ラインに達していなくて努力してないように見えるという悩みがありますよね。障害を持っていても努力しなきゃダメだと思いますか。

当事者ってできないことが多すぎて、できることに目を向ける機会がなかなかない。努力してもようやく健常者と同じくらいで、より気力を使っている。だからこそ変に目標を大きくする必要はなくて、スモールステップで手が届きそうな目標を決めておくことが大事かなと思います。自分もその達成の繰り返しで旅に出られるようになった。日本一周だからすごいんじゃなくて、ちゃんと朝起きるとか、そんなことでいいんです。

ーーー長所を伸ばすのと短所を補うのとでは、どちらに重きを置いていますか。

やりたいことをやるというのが大きかったです。自助会でも聞いたんですけど、大半の方が長所を伸ばした方がいいとおっしゃっていました。一方で、やらなきゃいけないことについては、挨拶を極めていました。どの仕事でも不可欠なものだと思っていて、誠意があるかないかだけでも、マイナスに遭遇した時に他の人が助けてくれたりする。日頃の行いが後々返ってくると思うので、そこは徹底しています。

編集後記

はせやんさんの話で最も心に残ったのは、「いつ死んでもいいと思っていた」人が、自転車で旅をして当事者に会い始めたことで「このままじゃ死ねない」に変わったというくだりでした。その変化を生んだのは、カウンセリングでも薬でもなく、自然体の自分を受け入れてくれる人との出会いだったというところに、自助会を全国で開催し続ける原動力があるのだと思います。

100連勤以上働いて旅費を貯め、野宿しながら自転車で日本を回る。その原動力が「人と会いたいから」というのが印象的です。コミュニケーションの障害を持っているのに人と関わりたいと思えるのは、一方的に喋っていた過去から、どうやったら聞いてもらえるかを考えるようになった成長の結果でしょう。自助会の参加者が4時間でも足りないと言うのは、はせやんさんがそういう場を作れている証拠です。

スモールステップで手が届く目標を決める、長所を伸ばす、そして挨拶を極める。一見シンプルな答えですが、どん底を知っている人が旅の中でたどり着いた実感のある言葉だからこそ、自助会に集まる方々に届くのだと思います。47都道府県での自助会開催という目標に向けて、はせやんさんの自転車はまだまだ走り続けます。